東北関東大地震
3月11日午後2時46分大地震が発生した。
その時、私はパソコンの授業で公民館の2階にいた。大きな揺れが長く続き、床が落ちないかと、不安になる。年老いた母が一人で家にいる。大丈夫だろうかと心配になる。
幸いにして、パソコンの生徒さんに怪我はなかった。母と連絡がつかないので、急いで家に帰った。母は一人でじっとしており、「テレビが飛んでくるかと恐ろしかった」と言った。家の中をチェックして、大きな被害がないことを確認して、ホッとした。
しばらくすると、テレビでは恐ろしい光景を映し出していた。津波が多くの家を呑み込んで濁流になって猛スピードで畑の上を走ってくる。畑の中の道路上を数台の車が走っている。津波が見る見るうちに車に迫ってくる。・・・この人たちはどうなったのだろう。
岩手県・宮城県・福島県・茨城県の太平洋沿岸は、地震と津波に襲われ、壊滅状態の町がある。犠牲者は2万人に上るという。日本はどうなるのだろうか。
知人が津波の恐ろしさを示すサイトを教えてくれた。写真の上でマウスを左右に動かすと津波が襲う前と襲った後の街の姿を比較できます。
http://www.abc.net.au/news/events/japan-quake-2011/beforeafter.htm
この写真を見ると戦慄を覚えると同時に涙が出てきます。
被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。
この街をもとの姿に復興することが出来るだろうか。
海外のメディアは、震災の中で気丈に振る舞っている日本人の態度を評価している。例えば、被災者が秩序正しく並んで水や食料を受け取る姿や長い列を作ってバスや電話を我慢強く待つ姿を見て、日本人の忍耐強さ・規律正しさを称賛している。そして、技術大国日本が福島原発の事故による大災害を防ぐことを祈って、見守っている。「日本が一日も早く大きな災難を克服し失われた20年を抜け出し、りりしいかつての経済大国の姿を取り戻すことを祈る」と。一方でこんな言葉もあった。「地震が起こった後の日本政府や行政の対応は、後手に回るだけで話にならない。」
やっと救援物資が被災地に届き始めた。復興の動きはこれからだ、政府のリーダシップは大丈夫か。迅速に動いて、早く被災者に希望を与えるようにして欲しい。日本人の力を示すのはこれからだ。私は、自分の出来ることは何かを考えながら生活をしていきたい。節電・買占めをしないなど小さなことから。
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